『EkiLabものづくりAWARD2023』受賞作品が商品になっていく過程をリポート。今回は試作品初号機の披露とともに、受賞者が試作品の製作担当者と対面した瞬間を報告!
新潟・燕三条のものづくり技術と、応募者の「あれつくりたい」「これほしい」というアイデアをつなぎ、実際に販売する商品開発まで行うアイデアコンテストの『EkiLabものづくりAWARD』。“つなぐ”をテーマにした2023年大会で、商品化が賞典となるグランプリとJR賞が確定したことは前回ご報告した通り。今回は、この2つの賞の受賞者が試作品を製作する燕三条の人々と対面し、商品化に向けた第一歩を踏み出した瞬間をお伝えする。
初めに、第4回となる『EkiLaものづくりAWARD2023』(以下、AWARD)でグランプリを獲得した受賞者を紹介する。作品名『table×planter 暮らしと自然をつなぐ』でAWARDのトップを射止めたのは、東京の建設会社に勤める植野靖隆さん。植野さんは、一級建築士であると同時に、個人レベルで参加した幾多のコンペティションで受賞経験を持つ、デザインに長けた人だった。

ドキュメント1/グランプリ試作品 アルミでもここまでキレイに仕上がるなら
――グランプリおめでとうございます。受賞の感想を聞かせてください。
植野:これまでにも趣味と自己研鑽を兼ねてデザインコンペに応募してきましたが、商品化前提のアワードは今回初だったので、グランプリをいただけたのは本当にうれしかったです。

――商品化前提にはどんな魅力を感じたのですか?
植野:仕事では時間と規模を要する建築に取り組んでいますが、個人的には以前から人が使う道具全般に興味がありました。なので自分で何かつくるとしたら、比較的小さく、できるだけ多くの人に使ってもらえるものがいいと思っていたんです。そんな希望を叶えてくれそうだったのが、このAWARDでした。
――“つなぐ”がテーマだった今回で、受賞作の『table×planter』はどのように発想しましたか?
植野:プランターに添える緑というか、自然も以前から興味がありました。“つなぐ”というテーマを知ったとき、つなげたいものは何かと考えたら、直感的に生活と自然が浮かんだのです。建築の空間設計においても、人の幸福度に影響する緑視率を考えますし、生活の中に意識的に自然を取り込んでいくことは、今後ますます大事になっていくのではないかと思います。
ここで、『table×planter』の試作品製作を担当する燕三条地区のものづくりメンバーが合流する。機械加工を得意とする丸山製作所の丸山鉄兵さんは、応募シートをもとにした試作品を用意。まずは丸山さんに、グランプリ受賞作の第一印象をたずねた。

――植野さんの『table×planter』、初見の感想を教えてください。
丸山:最初に図面を見たとき、ありそうでないアイデアで、とてもおもしろいと思いました。特に目を引いたのが、しっかりとした構造計算が行われているところでした。現時点の試作品は天板と脚を溶接していませんが、この状態でも安定して立つのが凄いです。

――植野さんが建設の仕事をされているのはご存じでしたか?
丸山:先ほどうかがって、なるほどさすがだなあと。
植野:ありがとうございます。
――試作品を製作する過程で直面した問題はありましたか?
丸山:問題はなかったです。むしろデザインがシンプルなので、つくりやすいと思いました。製作前に判断したのは、天板成型の技術面です。テーブル自体とテーブル中央の鉢を一体化するなら絞り加工が適していますが、500万円から600万円の金型が必要になります。試作レベルではコスト高になるので、今回は除外しました。金属の塊のインゴットを削る方法もありますが、これも除去量が多く費用がかさむのでパス。そこで、初期段階からパーツ別でつくることにしました。


――植野さんに聞きます。ここまで出来上がった試作品を見て、いかがですか?
植野:イメージ通りに仕上げていただき、心から満足しています。つくりやすいと言っていただけたのもうれしいですね。僕は天板と脚が一体となる形で考えましたが、試作品のようにパーツごとに分かれる方法もあるなあと、実物を見て気づかされました
丸山:製作前の判断には素材の選定もありました。ステンレスを希望されていたようですが、実際にはアルミを使いました。というのは、テーブルの直径を見て、アルミの約3倍の比重を持つステンレスでつくると、かなり重くなる上に加工費用も増えるからです。この先で製品化が実現したときも、アルミならフライパンをつくる工場でも加工可能ですし、また天板の一体化も金型に投資できれば実現可能になるでしょう。
――植野さんは、素材変更についてどう考えていますか?
植野:建築の仕事をしている中では、アルミは既製品が多く、オーダー品となるとステンレスを使う傾向があるんですね。そこでステンレスを選んだのですが、アルミでもここまでキレイに仕上がるならOKです。

――この試作品は、今後どのような経緯をたどりますか?
丸山:各パーツの溶接を行い、図面にあったヘアライン加工を施し、最終的には腐食止めのアルマイト処理を施して完成です。溶接と磨きは、外の専門工場に依頼します。
植野:そうした横のつながりがあるのも燕三条地区の特徴なのでしょうね。僕としては応募シートの形を残してもらった上で、つくり手の皆さんのご意見をうかがいながら仕上がりを相談したいと思っていました。でも、この試作品は想像以上です。感動しています。最終形を見るのが待ち遠しいですね。

ドキュメント2/JR賞試作品 米からお皿ができるなんて!
続いてJR賞の『磁石立皿』。受賞者は、新潟県内で米づくりを営む藤田博文さん。実家の農業を継いだが、かつてはインテリアデザインの専門学校に通った経歴も持っている。また、先の植野さんと同じように、様々なデザインコンペ応募を趣味としているそうだ。

――JR賞、おめでとうございます。受賞の報せを聞いたときはいかがでしたか?
藤田:それはもう、うれしかったです。JR賞を狙っていたわけではなかったのですが、試作品をつくってもらえるなんて、他のデザインコンペにはない副賞ですから格別です。あの皿は、自分でも欲しかったものでしたし。

――『磁石立皿』はどのようにして思いついたのですか?
藤田:自分の暮らしの中からでした。洗った皿を積み上げていくと、下のほうの皿はなかなか使わず、何かいい方法はないかとずっと考えていたんです。私には天才的な閃きがないので、それこそ夢の中でも探りながら、やっと出てきたのが磁石で横につなげるあの形でした。
――今回のテーマの“つなぐ”に合わせたのですか?
藤田:偶然です。思いついたアイデアがテーマに即しただけなので、ラッキーでした。
――JR賞に選ばれた一つの理由に、白い皿にJRのグラフィックが生えるという声がありました。その点は予想していましたか?
藤田:いえ、まったく。できるだけシンプルなデザインにすることで、いろんな人に使ってもらいたいという思いだけでした。実はグラフィックを施す案も考えたんです。けれど桜しか思い浮かばずやめました。やっぱり白でよかったですね。
藤田さんの『磁石立皿』の試作品を請け負ったのは、三条市に本社を構えるNANOBRAND合同会社の高橋秀行さん。同社の主業務は、サービス業のコンサルティングやブランディングだが、ものづくりの図面製作も引き受けるという。そして高橋さんは、自社の3Dプリンターで印刷した試作品を携え、藤田さんと対面した。

――高橋さんは、藤田さんの『磁石立皿』にどんな感想を持ちましたか?
高橋:自分でも家で皿洗いをしますが、横に寝かせると底についた水が置き場を濡らすのは嫌だなあと思っていました。なので、縦に並べるなんておもしろいところに目を付けたなと。今後の展開にも期待が高まりましたね。

――試作品製作に当たって検討されたことはありましたか?
高橋:細かい部分の見直しでしょうか。底面に角が立つ部分があると汚れが溜まるので、できるだけ角を滑らかにするとか。おそらく藤田さんも衛生面を考慮したでしょうから、それに関する個所に目を向けました。あとは、磁石の力で横に並べるにしても、皿同士がずれないように段差を設けるとか。いずれにしても修正箇所は少なかったです。
藤田:ありがとうございます。
高橋:一つ確認したかったのは、ネオジム磁石の取り付け位置です。図面では中心から少しずらすと書かれていましたが、皿同士をはがす際にてこの原理を応用したかったからですか?
藤田:それ、勘違いでした。底面が丸になるなら、中心に装着しても大丈夫だとあとで気づきました。
高橋:なら、よかった。ずらして磁石をつけると、皿の側面から見たときに磁石の位置がわからず連結しにくいかなと思ったので。では中心にセットします。この件はたった今、相談で解決しました。

藤田:いろいろ教えていただけてうれしいです。
高橋:材料ですが、レンジアップも考慮すると、商品化にはプラスチックがよさそうですね。おもしろいところでは、米粉を原料とする材料もありますよ。知り合いがそれを使っているので、すぐにでも連絡できます。
藤田:え、米が原料?
――藤田さんが米づくり農家であること、高橋さんはご存じでしたか?
高橋:いえいえ、今初めて知りました。これもテーマ通りの“つなぐ”になりますね。
――『磁石立皿』がJR賞を受賞したのは、JRのグラフィックが印刷できる可能性を見出されたところがあります。米粉を原料とする材料で、皿自体に印刷はできるのでしょうか。
高橋:問題ありません。燕三条には特殊印刷をやっている工場がありますし、米粉に色を練り込むこともできます。
藤田:興奮しました。米から皿ができるなんてびっくりです。実現したら地元の仲間に自慢できますね。長く発明を趣味にしてきましたが、こんなことは初めてです。もはやリクエストは何もありません。

試作品の最終形態は『EkiLabものづくりAWARD 2023』授賞式で発表
「応募者には気づけなかったかもしれない付加価値を見つけ出す」
これは審査会で審査員の一人が語った、『EkiLabものづくりAWARD』の真髄を象徴するメッセージだ。それが具現化する様子は、受賞者と試作品製作者が対面した今回の場面でも目の当たりにすることができた。応募者のアイデアをよりよい形にするため提示された、ものづくり現場からの知識と経験に基づいた情報。それらが融合し進化を果たすことで、プロダクトの価値はさらに輝きを増していくに違いない。
試作品の最終形態が発表されるのは、2024年3月23日にJR東日本の燕三条駅2階の『燕三条こうばの窓口』で開催される『EkiLabものづくりAWARD 2023』の授賞式。商品化プロジェクトがまた一歩先に進む瞬間も注目したい。
INFORMAITON ものづくりの集積地である燕三条の地に、2023年開業した『燕三条こうばの窓口』では、県外メーカーと地場企業をつなぐ、“ものづくりの総合窓口”としてさまざまなサービスを提供しています。ぜひあわせてチェックしてみてください。 ▶︎より詳しく、ものづくりの技術に長けた燕三条の企業や工場などを知りたい方へ 「こうばを探す」 ▶︎燕三条駅内にてミーティングや会議などを行うことができるコワーキングスペースを利用したい方へ 「施設利用予約」 |
【クレジット】
text by 田村十七男
Photos by 斎藤恵